LINEを開いて、名前のところまでいって、閉じる。
たぶん、何回かやったんじゃないでしょうか。
打ちかけて消した。「ちょっと聞いてほしいことがあって」まで打って、重いなと思って消した。「元気?」に書き換えて、それも送らなかった。
友達はいます。連絡先もあります。嫌われているわけでもない。
なのに、送れない。
そして送れない自分のことを、少しずつ責めはじめる。こんなことも言えないのか、と。
その責めは、いったん止めていいです。 送れない理由は、たぶん性格の問題じゃないので。
話せないのは、信頼していないからじゃないです
「本当に仲がいいなら話せるはずだ」と思っていませんか。
これ、けっこう多くの人が信じています。だから話せない自分を見て、「この人のことを信頼していないのかな」「自分は人に心を開けないタイプなのかな」と考えはじめる。
でも、話せない理由をひとつずつ見ていくと、信頼とはあまり関係のないところにあります。
相手が近すぎる。回数が多くなってきた。話したあとの空気が想像できてしまう。だいたいこういう、もっと具体的で、もっと現実的な理由です。
順番に見ていきます。自分がどれなのか、たぶん途中で分かります。
「そんなことで」と思われるのが怖い
いちばん多いのは、これだと思います。
話す前に、頭の中で一度シミュレーションしてしまうことがあります。
自分が話す。相手が「え、そんなこと?」という顔をする。口では「大変だったね」と言ってくれるけれど、内心はそこまでのことだと思っていない。その温度差に気づいてしまって、話さなければよかったと思う。
まだ何も起きていないのに、ここまで再生されてしまう。そうなると、送信ボタンは押せません。
引っかかっているものを、いくつか挙げてみます
全部が当てはまるとは限りません。ひとつでも「それはある」と思うものがあれば、それが理由です。
ひとつめ。この悩みが「相談していいレベル」かどうかを、自分で先に決めようとしている。
そして、その結論はたいてい厳しめに出ます。世の中にはもっと大変な人がいる。病気の人がいる。家族を亡くした人がいる。それに比べたら、と考えはじめると、どんな悩みも「そこまでじゃない」に着きやすい。
ふたつめ。これまで平気そうに振る舞ってきた蓄積が、じゃまをすることがあります。
いつも明るくしている人ほど、急に重い話をするのが難しい。キャラが変わってしまう気がする。「あの人、そんな感じだったんだ」と思われるのが怖い。今までの自分を守るために、黙るほうを選んでしまう。
みっつめ。話したあと、相手との距離が変わるのが嫌、という感覚。
一度深い話をすると、次に会ったときに気を遣われる。「あれ、どうなった?」と聞かれる。それが優しさだと分かっていても面倒に感じて、面倒に思う自分にもまた嫌気がさす。
そして、よっつめ。これはもしかしたら、いちばん言いにくいところかもしれません。
傷ついている自分を、認めたくない。
話すということは、「私はこれで参っています」と口に出すことです。自分でも「こんなことで」と思おうとしているのに、言ってしまったらもう取り消せない。傷ついた側として扱われることを、どこかで拒否している。
だから、頭から離れないのに、なかったことにしようとする。そして離れないので、また考える。
そもそも、相談していい話かどうかを決めなくていいです
相談は、大変さを競うものではありません。
もっと大変な人がいるから自分は話してはいけない、という理屈が通るなら、世界で一番不幸な人以外、誰も相談できなくなります。そんなわけがない。
そして、もうひとつ。
「これは相談していいレベルか」を何日も考えているなら、その時間自体がもう負担になっています。
悩みの中身がどうであれ、それだけの時間を持っていかれているという事実のほうが、たぶん問題です。
引っかかっているなら、引っかかっています。それで足りています。
その友達が悩みの中に出てくるなら、話せなくて正解です
2つ目は、もっと構造的な話です。
恋人のことを、共通の友達には話しにくい。職場のことを、同じ職場の人には話せない。家族のことを、その家族を知っている人には言えない。
これは気持ちの問題ではなくて、話した瞬間に、その友達が「知っている人」になるからです。
聞いた人は、次にその人物と会ったときに、知っている状態で会うことになる。態度が変わるかもしれない。変わらなくても、変わっていないか気にすることになる。
つまり、悩みをひとつ聞いてもらう代わりに、相手にひとつ荷物を渡すことになります。
無理に話すと、たいてい悩みが1つ増えます
「あの話、他の人に言ってないよね」を、そのあとずっと気にすることになる。もともとの悩みは解決しないまま、心配ごとだけが追加される。
だから、ここで止まっているなら、判断としては合っています。
話さないことを、逃げたことにしなくていいです。
気をつけたいのは、「話せない」で終わってしまって、そのまま誰にも話さないほうです。相手を変えれば済む話なので、そこは分けて考えてください。
2回目が重いのは、相手のせいでも自分のせいでもないです
3つ目。一度は聞いてもらった人がいる場合です。
聞いてもらった。ありがたかった。でも、解決はしていない。
数日たって、また同じことで詰まっている。もう一度話したい。でも、言い出せない。
「いつでも言って」と言ってもらっていることも多いと思います。それでも言えない。
一度聞いてもらったのに解決していない自分が情けない。助言をもらったのに、その通りにできていない。報告できるような進展がない。手ぶらで同じ話をしに行くのが、みっともなく感じる。
それから、相手の時間を使っている自覚。一度目は事故みたいなものだけど、二度目からは意図的に時間をもらいに行くことになります。そこに気後れが出る。
そして、「まだその話してるの」と思われたくない。実際には思われていなくても、思われる可能性があるだけで足は止まります。
でも、いちばんしんどいのは、たぶんこれです。
同じ話を繰り返している自分を、自分がいちばん嫌になっている。
いい加減、前に進めよ、と自分に思っている。前に進めないから相談したいのに、進めない自分を責めているせいで相談もできない。ここで完全に詰まります。
同じ話を何度してもいい相手は、けっこう限られています
家族でも、恋人でも、親友でも、3回目、4回目になると、相手のほうにも疲れが出ます。それは冷たいのではなく、普通のことです。
だから、回数を気にしなくていい相手を、別に持っておく。 それだけの話です。
友達との関係を守るためにも、そのほうがいいことがあります。
渡し方を変えるだけで、話せることがあります
ここまでの1つ目と2つ目なら、渡し方を変えるだけで話せるようになることがあります。
「聞くだけでいい」と、先に言う
話せない理由の中に、「アドバイスが返ってくるのが怖い」があります。
解決策がほしいわけじゃない。ただ聞いてほしい。なのに、話すと必ず「こうしたら?」が返ってくる。そして「いや、そういうことじゃなくて」と思う。思ったあとで、せっかく考えてくれたのに、と自己嫌悪になる。
これを避けるために、先に言ってしまいます。
「解決したいわけじゃなくて、ちょっと聞いてほしいだけなんだけど」
これを最初に置くだけで、話がかなり楽になります。
そして、実は相手も助かっています。人の悩みを聞くとき、どう返すのが正解か分からずに困っている人はけっこう多い。「聞くだけでいい」と言ってもらえたほうが、相手も構えずに済みます。
全部を渡さなくていい
最初から最後まで説明しようとすると、話す前に疲れます。
前提を説明して、経緯を話して、今の状況を伝えて……と考えているうちに、「これ全部話すの、無理だな」となって、結局やめる。
全部話す必要はありません。
「この件の、ここだけ」と決めて話す。時間も「15分だけ」と決めていい。
断片だけ渡しても、聞くほうは意外と困りません。分からなければ聞いてくれます。
答えは自分で決める、と言っておく
「聞くだけでいい」は相手への注文ですが、これは自分の宣言です。
先に言っておくと、話したあとが楽になります。
助言をもらって、それに従わなかったとき。次に会ったときの気まずさが、これを言っておくかどうかでだいぶ変わります。最初から「決めるのは自分」と共有しておけば、そこは問題になりません。
内容を変えなくていいんです。前置きを1行足すだけで、同じ話が渡せることがあります。
相手を変えると、言えることが変わります
さっきの3つ目——「同じ話を何度もできない」と、2つ目の「相手が近すぎる」は、渡し方では解決しません。
これは相手を変えるしかない話です。
そして、ここで少し引っかかる人がいると思います。
わざわざ他をあたるほどのことか。お金を払ってまで話すことなのか。そこまでの悩みじゃないんじゃないか。
その感覚、また「相談していい話かどうか」を自分で決めようとしています。
身近な人以外にも、話せる場所はあります
匿名で、公的な窓口に話す。 無料で、訓練を受けた人が対応します。名前を出さずに話せるところもあります。「そこまでの話じゃない」と思っても、使っていいです。
とくに、眠れない・食べられない・自分を傷つけたくなる、といった状態なら、ここが最初です。
お金を払って、時間を取って話す。 これも選択肢です。
お金を払う相手には、気を遣わなくていい。同じ話を何度してもいい。そして、話したあとに関係が残りません。次に会ったときの空気を気にしなくていい。
友達に話すときにかかるものは、お金じゃないんですよね。関係のほうに、少しずつ遠慮がかかります。 そこが重いなら、切り離せる相手を選んだほうが、結果的にうまくいくことがあります。
実際に電話で相談した人の話を読むと、誰にも話せなかったことを初めて口に出せた、という感想が出てきます[^1]。当たったかどうかより、話せたこと自体を挙げている人がいる。
今日は、誰にも話さない。 これも、ちゃんとした選び方です。
話す気力がない日に無理に言葉にすると、うまく言えなくて、余計にしんどくなることがあります。明日でいいです。
「相談できない自分」なのではなく、「この相手には話しにくい」だっただけ、ということがかなりあります。
話せない自分が、おかしいわけじゃないです
ここまで見てきた3つ、どれも性格の話ではありませんでした。
自分で先に「相談していい話か」を決めようとするから話せない。だったら、決めるのをやめればいい。
相手が近すぎるから話せない。だったら、相手を変えればいい。
回数が多くなったから話せない。だったら、回数を気にしなくていい相手を選べばいい。
全部、組み合わせの問題です。
そして、話せていないあいだも、悩みは頭の中で回り続けています。同じことを何日も考えて、寝る前に思い出して、朝起きてまだ終わっていないことを確認する。
その状態がしんどいなら、もう相談していい理由として足りています。
どこへ話すかを1つに絞るページを、別に用意しました。
友人・公的な窓口・関係の残らない相手・今日は話さない。この中から、今の自分に合いそうなものをひとつ選ぶだけです。
→ 誰かに相談したいときの相談先|どこに話せばいいか決まらないとき
今日決めなくても大丈夫です。
ただ、「話せない自分がおかしい」だけは、ここに置いていってください。 そこは違うので。